「前から買おうと思っていた『ふつうの人が小説家として生活していくには』を手に入れた。帰りの駅のホームでさっそく読み始め、運よく電車で座れたから夢中になってページをめくっていたらいつの間にか乗換駅に到着していて、慌てて乗換電車に飛び乗ったつもりが間違えていた。いつもとは全く違う電車に乗っていることに気が付かず本を読み進め、はっと顔をあげたらそこは、羽田空港だった。横浜方面に帰ろうとしているのに羽田空港。なんでこんなことに、と10秒考えて乗換電車が間違っていたことに気が付き、まあそれなら仕方ないそんなことより本の続きが読みたいからこうなったら空港内のカフェでご飯食べて読書しようかと瞬時に思ったけど、間違いの上に外食という名の贅沢をのっけてはいかんと思い直して京急の窓口に正しい電車はどのホームから出るのかを尋ねた。私のほかにも同じような人はいるのかもしれない、京急の人の案内には練れた感触があった。正しい電車に乗りまた座れて、本の続きを読んだ。初めて津村記久子の小説を読んだ時のことを思い出した。この人の作品が読めて嬉しい。」
2026年1月23日(金)、会社帰りに書店へと足を運び『ふつうの人が小説家として生活していくには』を買った。私はいつも手帳に日記を書き付けていて、その日の日記にこう書いた。
その日記の空いたところに本を買った時のレシートを貼り付け、次の日の日記にも『ふつうの人が小説家として生活していくには』について書いた。友人との食事に出かけた際、電車の中で続きを読み、面白くて嬉しくなったこと。本の写真を撮ったこと。夢中になって本を読むことの楽しさ。
初めて津村記久子の小説を読んだのは2009年。思いっきり残業して、くたくたで、でも充実していると思っていたけど体調はいつも悪く、確かお金もあまり無くしかしまだ若かった頃だ。どうして津村記久子の小説を手に取ったのかを思い出そうとしてもはっきりとした記憶を取り出すことはできないけれど、たぶん私はそれまで読んできた作家の作風と自分の生活との乖離が気になり、今の自分に合った作家を見つけたいと思っていたのではなかったか。乖離。中学生から社会人になりたてくらいまでの間に繰り返し読んでいた小説が、ある時からしっくりこなくなった。出てくる主人公の、まずお金に困っていなくて、雇用が安定していて(知り合いの知り合い?みたいなコミュニティで仕事がもらえたりしている)、たとえ雇用が安定していなくても生活がなぜか充実していて、精神世界での出来事や恋人との関係に執心することが出来、それさえうまくいけば何とでもなるような、いやある意味では最初からうまくいっているのではこれは、というような作品を自分は読んでいる、ということに気が付いたのだ。飢えても乾いてもいない登場人物たち。以前の私はその浮世離れ感を楽しめたけど、いま求めているのは違うかもしれないと。
そんな時に読んだ津村記久子の『君は永遠にそいつらより若い』。近い、と思った。というかもうほとんどこれは自分かもしれないと。まず最初、主人公は酒造工場の検品バイトをしているという描写があるのだ。なんてこった。分かる。私も、なかなかに収入が安定しない時分には本業の合間に様々なアルバイトをした。日雇いで入ることが出来るアルバイトは大抵経験したと思う。とにかく働いて、体が冷えてお腹が空いて、それでも明日も朝早くに起きて働かなければならなかった日日。そんな中で読んだ津村記久子の小説。登場人物が、何に苦しみ何を喜ぶのか。乖離がない。同じ視線で世界を見ていたし、同じように世間に社会に構造に時代に揉まれていた。
その後も津村記久子の小説が書店に並んだら買い、読んでいった。近い、と思ったその気持ちは、変わることは無かった。本が自分から離れていくような感覚が無い。小説の面白さは必ずしも「分かる」から、「近い」から、だけではないと知っているけれど、その時の私には遠くて似ていないものを自分の中に入れる余裕がなかった。
しかしある時から、読書という趣味そのものを手放した。収入が体調がいよいよ覚束なくなり、削るべき出費項目として書籍費を大幅に抑えることにしたのだ。今になって考えてみれば、図書館に通えばよかったのではないかと思うけれど、そして実際に足を運んだりもしていた記憶がおぼろげにあるものの、本を借りて読むところまではいかなかったように思う。本を借りて、返却期限が来るまでに読み、外出して返却するという行為は、おそらくその時の私には負担が大きかったのだろう。その頃はただひたすら、スマートフォンで読むことが出来るWEBの記事に触れWikipediaを順に辿っていた。ただ寝転んで、思考を巡らせなくても読める、何かを。
読書を再開したのは最近だ。だんだんと生活が、仕事が、安定してきたからだ。自分が好きだったことをまた楽しもうというところまで、なんとかたどり着いた。そして手に入れていなかった津村記久子の本を、一冊ずつ買って行った。『この世にたやすい仕事はない』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』『うどん陣営の受難』。やはりこの人の書く小説が好きだと思うものばかりだった。
『ふつうの人が小説家として生活していくには』は、四日間にわたるインタビューを収録した本だ。聞き手の島田潤一郎氏と、話し手の津村記久子に共通点がいくつかあるからか、最初から深い話になっていく。とにかく好きなものを「掘って」いた学生時代、就職氷河期、兼業作家時代、専業作家になってから。津村記久子がなぜあの作風となったかがうかがい知れるエピソードがそこかしこに出てきて面白い。中でも好きだったのは、”優しいと親切の問題は、ずっと考えている”というところだ。ケア、倫理、親切、優しさ、技術。ケアは才能ではなく技術なのだから、それはだれにでも開かれている。いい人間になれなくても、いい行動をとることはできる。
本の後半、津村記久子が執筆をしながら、時代をどう捉えているかという展開になる。その中で、いまのアイドル文化とファンについてや、民主主義が危うい時代に読むべき本について語られる。その話題に割かれたページ数は多くはないが、今の時代を生きるための支えとなるような言葉が溢れている。
そしてもう一つ、『ふつうの人が~』を友人に勧めるときに必ず話すのが、あとがきが大好き、ということだ。BDSを実践するために津村記久子が何をしたか、それを読んだ時の気持ちを私はおそらくずっと忘れない。この人と同じ時代を生きて、この人の文章を読んできて良かった。ひとはこんな風に、自律的に挑戦し行動することが出来る。その頼もしさ。
この間のゴールデンウィークに、一人旅に行った。鞄の中に『つまらない住宅地のすべての家』を入れて。いままでも読んだことがあるその本はやっぱり新鮮に面白くて、一日中歩いて疲れたのに続きが読みたくて仕方なくて、眠いと読みたいを繰り返してページをめくった。ある住宅街の一角に住む人たちが集って徹夜する中で食べる揚げそばが美味しそうすぎて、どうしてもこれが食べたいと思いながらホテルのベッドで眠りに落ちて、いまだにそれを食べることは叶っていない。
惣田大海水(そうだ・たいかいすい)
1982年生まれ。事務員。日記の本「死ななくてよくなった後の日日」を制作。

