
「ひとりの詩人と出会うこと」(ライター宮崎智之)
ひとりの詩人と出会うことは、どういうことなのだろうか。この場合は、何も実際に対面して出会うことのみを言っているのではない。ひとりの詩人の言葉と出会うことは一回性の出来事であり、また実存を揺るがす不可逆な衝撃をもって体験される事件である。
たとえば批評家の小林秀雄は二十三歳の春にアルチュール・ランボオと出会った。小林はそのとき、神田をぶらぶら歩いていた。すると向こうから見知らぬ男がやってきて、小林をいきなり叩きのめした。ある本屋の店頭で、偶然見付けたメルキュウル版の「地獄の季節」の見すぼらしい豆本。この烈しい爆薬が仕掛けられていた豆本は見事に炸裂し、小林は数年の間、ランボオという事件の渦中にあった。(小林秀雄「ランボオⅢ」)
有名な小林とランボオとの出会いの一節からの抜粋である。僕と多宇加世はどのように出会ったのか。そこは神田ではなく、SNSだった。偶然流れてきた投稿から第一詩集『さびていしょうるの喃語』を注文して詩集が届いた。ただし、僕は叩きのめされたのではなかった。多宇加世は、僕を異世界へと引き込んだ。ぬらりとした個体とも液体とも取れない何者かが手招きをし、一寸、躊躇いはしたが、やっぱりついて行ってしまった。
そこは可塑性に満ちた世界だった。優しさと怖ろしさとが矛盾なく同居していた。僕は赤子が語る喃語を思い出していた。それは言葉というより、映像に近いものだった。すべてが断片のようで、すべてが繋がっていた。喃語のごとく繋がっていく言葉たちは、言語以前の映像をかたちづくっていた。純度の高い鮮烈があった。小林の一節を読んでも、ひとりの詩人との出会いを語る文章として大袈裟なものだとは思わない。ひとりの詩人と出会う出来事とは、それほどの事件である。そして、僕もまた詩人と出会った。
そんな多宇加世の詩の世界を、今作『夜にてマフラーを持っていく月が』では岸波龍の絵が、見事に再現している。手招きされてついて行った先で見た映像が、絵という形で定着している。岸波龍は文筆家であり、画家であり、文京区本郷にある本屋「機械書房」の店主であり、そして一流の詩の読者でもある。僕が今作で一番好きな一節である、
痛みを知りながら笑ってほしいと
強くなる
強くなる鼓動
念ずる
念ずる傷跡
遥か遠く届くかもしれない唾液の匂い
という言葉に描かれた絵を見て、僕は驚いた。岸波龍もまた、僕と同じくひとりの詩人と出会ったのだろう。今作に触れ、読者にもそのような体験をしてほしい。今作が読者にとってそういったものになるよう、詩を愛するひとりの人間として切に願っている。
(岸波龍さんによる特別描き下ろし3コマ漫画)
【一部公開します】



【基本情報】
書名:詩の絵本『夜にてマフラーを持っていく月が』
著者:詩・多宇加世、絵・岸波龍
ブックデザイン:竹田ドッグイヤー
発売日:2023年9月30日(一部書店で先行販売あり)
※シリアルナンバー入り
価格:2700円+税
判型:B5判 コデックス装
ページ:48頁
発行元:双子のライオン堂出版部
【お取り扱い店一覧】
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(順不同)
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【著者プロフィール】
多宇加世(たう・かよ)
山形県酒田市生まれ。詩人。出版物は第一詩集に『さびていしょうるの喃語』(2021)、第二詩集に『町合わせ』(2022)等がある。そのほか、パフォーマンスアーティストとのコラボレーション等、幅広く活動。手術室清掃、靴屋、酒屋、ホテルのベッドメイク、洋菓子屋等、さまざまな職に就く。好きな果物は丸ごと食べられる大きなぶどう。好きな小動物はスナネズミ。車の運転がちょっぴり苦手。
岸波龍(きしなみ・りゅう)
1985年生まれ。文京区本郷の本屋「機械書房」店主。2020年より詩や読書にまつわるZINEの製作や絵描きとして活動。パステル画や立体製作の個展を様々な本屋で行う。現在、双子のライオン堂にて、オンライン読書会「岸波龍と『富士日記』の一年」のナビゲーターをつとめている。ウルトラマンやゴジラなどの怪獣ソフビ愛好家。